明日は亡くなったおじいちゃんの祥月命日で、今日はお寺のご住職が我家にきてお務め(お参り)をして下さる日だったので、こどもたちと一諸に朝からおはぎづくりをしました。いつもお坊さんがお参りに来て下さる時にはその日に作ったものをお持たせすることになっていて、というのもおばあちゃんがまだまだ現役でお台所をしていた時から、お寺さんが来たら忙しい食事の用意が少しでも楽になる様に‥とおばあちゃんなりに工夫したお惣菜やごはんを作って持たせていたことを母が受け継ぎ、それを私も引き継いでいるという訳です。
お盆様のときは、まだまだ暑さが厳しくてとてもおはぎを作る感じではなかったけれど、この1週間ですごく涼しくなって少し秋めいてきたら何だかおはぎもいいかなと母に提案したら同じ事を思っていたようだったので、あんこを余計に炊いてたくさんの人に食べていただけるように子どもたちと協力して約60個のおはぎを作りました。子どもたちはすっかり即戦力になってくれて手際良く進められました。上の写真は煎った黒ごまをすり鉢ですってくれているところです。二人で上手にやりました。
お寺ではこの我家のごはんが「矢野さんの愛情シリーズ」と命名されているそうで、とても喜んで頂いているようです。今日はおはぎだったけれど
炊き込みごはんとサラダだったり、お稲荷さんと唐揚げだったり、
五目のお寿司だったりとその時によって色々です。
いつもお坊さんがお経を唱えて下さった後には、少しの時間楽しいお説教をして下さるのですが、今日のお話も面白いお話でした。
簡単に言うと「人間」という言葉の意味についてのお話だったのですが、人と人の間に心(家族との絆とかお友達との友情だったり)がともなってこそ、自分というものが成り立ってあるのが人間というものなんだというお話を聞きました。1人ではなく相手がいるからこそある自分。家族がいるからこそある私という存在。亡くなって行った人にもきちんと魂があるからこそ私たちが今ここに生きて行く深い意味がある。そうだよね、どんないのちにも心がある。亡くなったおじいちゃんが残した思い、それから産声も上げずにあの世に逝ってしまった長男のことを思い出しながら、きっとふたりの心が私たちを守ってくれている様な不思議な気持ちになりました。いろんなことがあってもやっぱり最後は「人」なんだなあ。
おはぎ、おいしそうです~~。
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